和菓子ヒストリー『饅頭』|洋菓子・和菓子・パン業界のお役立ち情報を発信!『スイーツトピックス』

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11/10/19 和菓子ヒストリー『饅頭』

つくられはじめた当時の製品に近いまま現在まで続いている和菓子の中で、最も古いものは「饅頭」かも知れません。現存する和菓子で「饅頭」より古い菓子はおそらくないでしょう。

今でも多くの方から親しまれ、利休饅頭や酒饅頭、小麦饅頭や薯蕷饅頭など大変種類も多く、地方に行けばその土地ならではの「饅頭」があります。
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「饅頭」が日本に渡ってきたのは今から660年も前のことで、2つの説があるのですが、いずれも中国からの僧によるものです。

ひとつは、宋からの帰国僧、聖一国師(ショウイチコクシ)によるもので、福岡近郊の茶屋に立ち寄った際に、そこの主人のあたたかいもてなしに感激し、饅頭の製法を伝えたといわれています。この「饅頭」は酒の麹でつくる酒饅頭で、その後この主人は「虎屋」と名乗り、饅頭屋を開いたといわれています。(現在の虎屋との関連は不明)

もうひとつの説は、100年ほど下った時代で、林浄因(リンジョウイン)という僧が伝えたといわれています。そのころ中国から点心として饅頭のようなものが伝わっていたのですが、中身はあくまでも肉や野菜を詰めたもので、肉食を嫌う日本の僧のために、林浄因が小豆を甘く煮て餡をつくり小麦粉で包んだといわれています。この林浄因を初代とするのが、現在30代以上も続く和菓子屋である塩瀬総本家であります。

では、もともとの中国での「饅頭」の歴史はといいますと、ある時、川が荒れていて渡ることが出来ず、土地の人々は神の怒りが原因で、その怒りを抑えるためには人間の首を捧げなければならないという。そこで、首の代わりに小麦粉をこね、中に羊と牛の肉を入れ、蒸したものを川の神に捧げた。これが、のちに「饅頭」になったようです。

「饅頭」はとてもシンプルなお菓子ですが、和菓子屋さんはそのシンプルな「饅頭」に差別化を図るため、様々な努力をしています。
これぞ和菓子という「饅頭」を一口食べれば、必ずホッと和むはずです。

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